超小規模ゼミのススメ
LANDFALLではサークル内で様々なゼミをオンラインで開催してきた。 ゼミといってもどれも超小規模であり、参加者は多くても3人。 内容も本を一冊読んできて、お互いに発表するといったところで、これを”ゼミ”とは言えないかもしれない。 むしろ「サークルで知り合った友達と一緒に仲良くお本を読んでいる」といったほうが正確であり、 これを"ゼミ"と呼んでいては各所からお叱りをいただきそうである。
ただ、少人数でもゼミはゼミ。一応ちゃんと準備した上でお互いに発表しあう。 こんなことをして何のメリットがあるんだという人がいるかもしれないが、 お互いを監視しあうことで確実に1冊の本を読み切ることができる。 これは怠け癖が強く飽きっぽい私からすると大きなメリットである。 これができただけでも、サークルに入った甲斐があったと私は思っている。 (というわけでこの記事に少しでも興味を持ったらLANDFALLに声をかけてほしい。LANDFALLは一年中部員を募集している。)
この記事では、過去1年でおこわ慣れた超少人数ゼミの様子について書き記しておく。 (直近1年より前にゼミが行われていた場合はわかりません。) 今後、サークル内でゼミを行う際、少しでも参考になれば幸いである。
なおゼミのやり方自体は毎回変わっているが、回数を重ねるごとに進化している。(と信じている。) よってどのようにゼミをやっているのか?を手っ取り早く見たい場合は、2021年夏のゼミのやり方を読んでほしい。
2020年夏 山田功『工学のための関数解析』
2020年8月13日に初めてのゼミは開催された。 初回のゼミでは、山田功先生が書かれた『工学のための関数解析』を読んだ。
2020年夏のゼミでは、各自章末の練習問題を解いてきて、解き方を発表するという形式をとった。 内容が分かりやすいため、本文に書いてあることは読めば分かるはずと思ったから、本文について発表しあうことはなかった。 一方、大学の教科書についてくる練習問題の解答は大抵の場合不親切であり、証明や解き方が省略されていることも多い。 そのため、練習問題を全て解き、それをお互いに発表しあうのは有意義だと考えたのだ。
各問題の発表者は毎回予め決めておいて、ゼミの当日までに担当分の解答をPDF形式に変換した上でSlack上に送信することにした。 ゼミの当日は、予めアップロードしたPDFを発表者がzoom上で画面共有しながら、どう解いたかを発表した。 なお議論になった場合は、ipadを画面共有してお互いの計算をリアルタイムで確認しあった。
このゼミの参加者は3人で、それぞれ物理学系、情報工学系、情報通信系に所属していた。 数学系でもないのになぜ関数解析?となるかもしれないが、関数解析は物理や工学の諸分野で使われていると知って、この本を読むことにした。 実際、物理では量子力学を深く学ぼうと思うと、関数解析が必要になる。 情報分野でも、学習理論や最適化理論など多くの場面で関数解析は使われているという。 そんなわけで、系も違う3人の公約数として関数解析はちょうどいいという話になった。
数学系は1人もいない中数学の本を読んだわけだが、この本はタイトルに「工学のための」とあるように、数学を専門にしない人にも読みやすいように書かれている。 関数解析をちゃんと学ぼうと思ったら、測度論は必須になってくるわけだが、非数学徒の我々としては測度論の知識を仮定されるとつらい。1 だがこの『工学のための関数解析』では、測度論の話は上手く回避されており、非数学徒でも安心して読めるようになっている。
山田先生によれば、関数解析は『天才フォン・ノイマンの問題解決用スケッチブック』だそうで、 その意味では数学以外の分野を専攻する人にとっても関数解析の考え方を知っておくことは、天才の考え方に近づくために必要な教養(リベラルアーツ)である。 個人的には、大学時代に関数解析を一度触れることができて、本当に幸せである。
2021年春 田崎春明『統計力学』
2回目のゼミは2021年の春休みに開催された。 2回目のゼミでは、田崎春明先生が書かれた『統計力学』を読んだ。
2021年春のゼミでは、本の中見をzoom上で画面共有しつつ、お互いに内容を音読するという形式をとった。 この際、私は本のPDFをiPadのブックに入れて、該当箇所を読んでいくことにした。
このゼミの参加者は2人で、物理学系と情報工学系である。
この本はマクロな現象を科学的に捉える際に重要なことは何か?を明らかにしたうえで、それにのっとって議論が進められる。 例えばこの本には以下のような記述がある。
気体にしろ、固体にしろ、磁性体にしろ、統計力学の対象となるマクロの系は、一般には、きわめて複雑なミクロな構造を持っている。これらの系の(量子)力学的なミクロな詳細を完全に特徴付けるには、膨大な数のミクロなパラメーターが必要だが、通常、それらの値を正確に知ることなどできない。だから、ミクロな情報をもとにマクロな物理量を無闇やたらと正確に計算できるような理論ができたところで、科学としてさしたる意味がないのだ。統計力学が目指すのは、様々な物理量を細かく計算することではなく、系のミクロな詳細に依存しない普遍的なふるまいを探し出し、それらを的確に記述することなのである。
この記述は物理以外の学問に興味がある人にとっても、重要になってくるだろう。 また確率論を用いて理論体系を作るとはどういうことか?についても分析されている。
われわれの世界には定量的な分析という観点からは「手に負えない」部分が確実に存在する。マクロな物質の中に潜むきわめて多くの自由度の複雑きわまりない運動は、その典型例である。そのような「手に負えない」側面については、単に予言をあきらめてしまうのではなく、確率の言葉を使った定量的な予言を試みるのは健全な考えだろう。ただし、単に確率的なものの言い方しただけで、科学的・定量的になるわけではない。 確率論そのものは抽象的な数学の体系であり、それだけでは現実世界の出来事について予言する力はない。抽象的な確率論と現実とを結びつける何らかの解釈の規則が必要である。
田崎『統計力学』ではこのように、物理的な考え方や思想を教えてくれる。 いわば理系にとっての”リベラルアーツ”を身につけられるのだ。 役に立つ立たないにかかわらず読んでみると面白かった。
2021年夏 藤原彰夫『情報幾何学の基礎』
3回目のゼミは2021年の夏休みに開催された。 3回目のゼミでは、情報幾何に関する本を読むことにした。
今回は、授業形式のゼミを行うことにした。 担当者は手元のiPadのノートアプリの画面をzoomで共有し、そのノートアプリ上で本の内容を説明をしていく形式をとった。 この形式だと、定義や証明をきちんと覚えようとするので、結構理論体系が身についている気がした。
3回目のゼミでは、前半と後半で読む本が変わった。 最初は甘利先生が書かれた"Information Geometry and Its Applications"を読み進めていたが、数学的なところがあまり厳密に書かれていなかったために、初心者が読むには大変であったために、3章まで読んだ時点で一旦藤原先生が書かれた『情報幾何学の基礎』を読むことにした。 『情報幾何学の基礎』は多様体や微分幾何に関してとても分かりやすい説明がされており、非数学専攻が微分幾何を学ぶための本としてもいい本ではないかと感じている。多様体や微分幾何の概念は理解するのが大変だが、何回も定義を書き、その定義に基づいて計算しているうちに、何となく分かってきた。(だが完全に理解しているとは言い難い。)
終わりに
以上が今まで僕が参加してきたLANDFALL内ゼミの様子である。 毎回、とても勉強になり、有意義な時間を過ごせている。 このゼミ(読書会)に少しでも興味を持った場合は、一度LANDFALLを覗いてみてほしい。
- なお測度論に気軽に入門したい場合は、『測度・確率・ルベーグ積分』がおすすめである。また統計学や機械学習との絡みで測度論的な確率論に興味を持った場合は『統計学への確率論 その先へ』は楽しく読める上に、とても分かりやすくおすすめである。↩